「部長、この稟議、リモートで承認いただけますか?」在宅勤務が定着したはずなのに、こう聞くと決まって「いや、判子がないと進められないから、出社した時にまとめて押すよ」という答えが返ってくる時期がありました。私自身、総務担当として稟議書や経費精算の回覧を管理する立場にありながら、結局は判子待ちで書類が滞留してしまういわゆる「ハンコ出社」の板挟みに、何度も悩まされてきました。
持ち帰って考えてみると、そもそも社内で押している判子には、重要度がまったく異なるものが混在していました。上長への確認印のようなものもあれば、対外的な契約書に押す実印相当のものもある。これらを一緒くたに「ハンコ文化」として扱っていたために、脱ハンコの検討が「全部を電子化するか、しないか」という極端な二択になりがちで、なかなか前に進まなかったのです。
今回は、実際に電子印鑑・電子決裁システムの導入を検討・運用してきた立場から、社内の押印・決裁フローを電子化する際に総務担当者が押さえておきたい実務上のポイントを整理してみます。契約書の法的な効力に関わる電子契約サービスの選び方は以前の記事で扱っていますので、今回はあくまで社内向けの押印・決裁の話に絞ってお伝えします。導入を検討する際は、システムの機能比較から入りたくなりますが、順序を間違えると、あとから「あの書類はこの仕組みでは対応できなかった」という手戻りが発生しやすいので注意が必要です。
押印の棚卸しと切り替えの進め方
押印の「重要度」をまず仕分ける
脱ハンコを進めようとすると、つい「電子印鑑ツールを導入すれば解決する」と考えてしまいがちですが、最初にやるべきは道具選びではなく、社内にどんな押印が存在しているかの棚卸しです。稟議書、経費精算書、休暇申請、社内の確認・回覧文書といった社内完結の書類と、契約書や覚書、見積書・注文請書など対外的に効力を持つ書類とでは、求められる証拠力がまったく違います。私の職場でも、総務・経理・各部門の代表者に声をかけて、直近半年程度に回覧された押印書類を一覧化し、「社内確認用」「対外提出用」「契約書類」の三段階に分類するところから始めました。
重要度の低い書類から電子化する
棚卸しが終わったら、まずは重要度の低い社内書類から電子印鑑・電子決裁システムへの切り替えを進めます。稟議書や経費精算のように、社内の承認さえ取れれば良い書類は、電子印鑑ツールで画像の印影を押す運用や、そもそも印影を使わずワークフローシステム上の承認ボタンで決裁する運用に置き換えやすい領域です。一方、契約書のように相手方があり、後から証拠として法的な効力が問われる可能性のある書類は、電子印鑑ツールの印影だけで済ませるのではなく、電子契約サービスなど別の仕組みで対応を検討する必要があります。この線引きを曖昧にしたまま「とにかく全部電子印鑑で」と進めてしまうと、後になって契約書類の証拠力が不十分だったという事態になりかねないため、総務としては最も慎重に説明すべきポイントだと感じています。切り替えの順番も、影響範囲が小さく利用頻度の高い書類から始めると、現場の抵抗感が少なく、運用が軌道に乗りやすいというのが実感です。
運用ルールと社内への浸透
印影データの管理と利用権限を先に決める
電子印鑑は、紙の判子と違って画像データさえあれば誰でもコピーして押せてしまうという性質があります。ここのルール設計を後回しにすると、退職者のパソコンに印影データが残っていたり、権限のない担当者が上長の印影を使って書類を通してしまったりするリスクが生じます。私の職場では、印影データの保管場所へのアクセス権限を役職者本人と総務の限られた担当者だけに絞り、利用のたびにログが残る形式のツールを選ぶようにしました。また、印影データそのものに加えて、誰がいつどの書類に押したかという利用履歴を確認できるようにしておくことも、内部統制の観点から欠かせないと考えています。
紙の運用に慣れた従業員への説明会を行う
システムを整えても、実際に使う従業員が戸惑ってしまえば定着しません。特に長年紙の稟議・押印に慣れてきた層ほど、「結局これで承認したことになるのか」「印刷して保管しなくて良いのか」といった不安を持ちやすいものです。私たちは導入時に、操作方法だけでなく、電子承認でも従来の押印と同じ効力を持つこと、保存期間や検索方法が変わることなどをまとめた簡単な説明会を、部署ごとに短時間で実施しました。あわせて、よくある質問をQ&A形式でまとめた一枚ものの資料を用意しておくと、説明会に出られなかった従業員からの個別の問い合わせ対応もぐっと減ります。
電子印鑑・脱ハンコの取り組みは、システムを入れれば終わりというものではなく、社内のルールと従業員の理解が伴って初めて機能します。今回のポイントを整理すると、次のようになります。
- 社内の押印を「社内確認用」「対外提出用」「契約書類」といった重要度で棚卸しする
- 重要度の低い書類から電子印鑑・電子決裁に切り替え、契約書類は電子契約サービスなど別の仕組みと役割分担する
- 印影データの保管場所・利用権限・利用履歴のルールを先に決め、誰でも押せる状態にしない
- 紙の運用に慣れた従業員向けに、操作方法と運用ルールの両方を伝える説明会を行う
「ハンコ出社」をなくすこと自体は目的ではなく、あくまで業務を止めないための手段だと捉えると、どこから手をつければ良いかが見えてくるように思います。まずは自社の押印を一度棚卸しするところから、始めてみてはいかがでしょうか。
どの作業から手を付けるべきか、23項目で判定できます
毎月やっている作業を選ぶだけで、仕組みにできるものと手作業のまま残るものを判定するツールを置いています。判定の4つの軸もそのまま表示するので、納得できなければ読み替えてもらって構いません。入力した内容はブラウザの中だけで処理され、どこにも送信されません。


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